発端
上の増田を読んで、いろいろググって見つけたのが下の記事。
下の記事の著者の松永和紀さんという人は食品の安全性に関する記事を多数書いている科学ライターの方で、個人的にはとても信頼している。ので、(外国産の)レモンの皮が安全か危険かという議論については上記の記事で決着している。安全である。
ただ、調べ始めてすぐに上記の記事を見つけたわけではなかった。当初は農水省などの政府省庁が何らかの見解を示しているのでは、と思って "site:go.jp"で検索していた。そちらでは上記記事ほどのピッタリした内容が見つけられなかったのだが、いろいろとおもしろい話が見つかったので、余談としてメモしておく。
「柑橘類」は皮ごと測る。ただし「みかん」テメーは別だ。
さて、松永さんの記事にもあるとおり、レモンの残留農薬や添加物量は皮ごと測る。
レモンは、皮ごと測定してその数値を防かび剤の残留量としています。
これはすべての食品について皮ごと測るというわけではなく、柑橘類に特有の測定方法のようだ。きちんとした出典ではないのだが、食品安全委員会主催のサイエンスカフェで、次のような説明がされている(以下、引用内の強調はすべて筆者)。
まず最初に農薬の検査について説明したいと思います。
(中略)柑橘類は皮ごと基本的にやります*1。食べる時はレモンのスライスは別として、ほとんど、グレープフルーツもオレンジも皮を剥きますけども、果実全体で検査をします。
ただし、どういうわけか知らないけれども、みかんだけは皮を剥いて検査をするということに昔からなっています。みかんも通常皮を剥いたら農薬の問題ほとんどないですから、そういう点ではちょっとここだけ変わっています。桃とかびわとかスイカ、キウイなんかは皮を剥きます。なしとかりんごはそのまま、芯は除きます。キャベツは外葉だけいたんだ葉を取ります。このような形で検査をしております。そのかわり規定のない物に関しては、食べる部分、可食部というような決まりになっています。
食品のリスクを考えるサイエンスカフェ
農産物の安全性を考える ―農薬が基準の2倍検出された食品は危険か安全か?―https://www.fsc.go.jp/fsciis/attachedFile/download?retrievalId=kai20100831ik1&fileId=051
みかん以外の柑橘類で皮をむかない理由について、同サイエンスカフェで以下のような質疑があった。
Q 残留農薬の検査をする時、「みかん」などは皮をむいてするのか?
Q 野菜等は、洗ってから分析しているのか。そのまましているのか?
A 温州みかんについては、皮をむいて検査を行い、農薬登録時の検査では、皮も別に検査を行います。その他の柑橘である、すだちやレモンについては皮ごと分析を行います。なぜかというと、すだちでは皮を利用して香り付けを行い、レモン、マーマレードなども皮を付けたまま使う場合があるので皮ごとの分析を行います。
野菜については基本的に水洗いはしません。ただし、根菜類の甘しょ(さつまいも)やにんじんについては、土を落とす際に軽く水をかけて洗います。キャベツなどの葉もの野菜については水洗いをしません
レモンは皮ごと食べる場合があるので、皮まで含めて安全性を評価している、ということである。なんで温州みかんだけ扱いが違うのかは不思議だけれど、まぁなんかそういうものらしい。
ちなみに、みかんの皮を乾燥させたものは「陳皮」といい、生薬として扱われることがあるようだ。(c.f. 陳皮(みかんの皮)|薬膳食材図鑑 |カンポフルライフ by クラシエの漢方)
これに関連して、残留農薬基準に関するパブコメの記録がヒットしたので紹介する。
No.75 分類.5
ご意見:オレンジの果皮とレモンの果皮について、これらは「その他のスパイス類」に分類されているが、「オレンジ」「レモン」の基準より低く設定されていたり、同じだったりするものがある。こういった項目に関しては、「オレンジ」または「レモン」の規格基準を満たした原料の実と皮を分別し、オレンジの果皮またはレモンの果皮を製造しても、果皮としては「その他スパイス類」の規格基準を超えてしまう可能性が非常に高い。この場合、「その他スパイス類」として即違法となるのか、それとも原材料である「オレンジ」「レモン」にさかのぼって適法性が判断されるのかわかり難い。以上のことから、柑橘類(皮)の基準を別途立ち上げていただきたい。
意見提出者:サントリー㈱回答:オレンジの果皮及びレモンの果皮は、果実全体を対象として残留基準が設定されることから、当該加工食品の基準適合性については、原材料であるオレンジ若しくはレモンにより判断することとします。なお、みかんの果皮(いわゆる陳皮)については、「その他のスパイス」の基準を適用します。
食品に残留する農薬等に関するポジティブリスト制度における暫定基準の設定(最終案)等に対する御意見の募集について|e-Govパブリック・コメント
オレンジやレモンの皮は「その他のスパイス」としての分類があるらしい。果実を仕入れて果肉と皮を分け、皮だけ用いた食品を製造した場合、原材料の果実が果実の基準をパスすればよいのか、取り出した皮で作った製造物が果皮の基準をパスする必要があるのかわかりにくい、という指摘であり、なるほど感がある。回答は「オレンジやレモンについては果実が基準を満たせば良い」ということであった。みかんについて異なる適用が添え書きされているのは、前述の通りみかんは果実全体での基準がない(皮を剥いて測る)ためであろう。
なんというか、こういう細かいルールをちゃんと検討して整合性を持って設定しなければならないのだから、行政マンはたいへんだなと思う。
農水省的には無農薬が望ましいわけ?
松永さんの記事で説明されているように、基準を満たしている限り、輸入レモンを皮ごと食べても安全である。
しかしながら、政府系のサイト(go.jp ドメイン)の中にも、レモン皮の残留農薬を問題視しているような記述が散見される。
国内で販売されているレモンの多くは輸入品です。しかし近年、ポストハーベスト農薬処理を気にせずに皮まで利用できる国産レモンが人気で、スーパーなどでもよく見かけます。
レモンが主役のうどん。
食べ進めるとレモンの味がおつゆに移り、おいしいレモンだしになります。
皮ごと使用するため、国産のレモンを使用してください。
レモンうどん:農林水産省
広島レモンは皮ごと使用するため安全・安心をモットーに栽培しており、防腐剤不使用、ノーワックスとなっています。
ゆずかレモンなどかんきつ類:半個分(皮ごと漬け込む方は、裏庭のものなどなるべく無農薬のもので。
購入品で心配な方は皮をそいでください。
いずれも政府の公式見解というよりは、その記事を書いた人の個人的見解という感じだけれども、こういう記述も本来は政府内でトーンを揃えるべきなんじゃないかなーと思う。せっかく安全性の基準を作ってるんだから、基準を守ってるものについては安全ですよ、と言わないと意味がないのでは。
まぁ、安全基準に主な関心がある食品安全委員会と、国内の農業の振興にも配慮が必要な農水省では、スタンスが異なるのかもしれない。仮にそうだとしても、省庁が根拠に基づかない宣伝に乗っかるのはいかがなものかと思うけれどもね。
「その表示は信頼できるの?」「信頼できないとしたらどうするの?」
元記事のブコメを読むと、「その基準値は妥当なのか?(妥当ではない事例があったではないか)」というような指摘があって、それはまったくそのとおりだと思った。
とはいえ、なにか具体的な懸念事項がある*2場合を除いて、基本的には基準値を信頼するしかないんじゃないかなーと思う。現実問題として、そこを疑うと安全性を判断する手がかりがなくなる(つまり、疑ったからといって安全な選択ができるわけでもない)ようにも思われるし。
また、不正とかまで考慮にいれると、表示偽装の可能性もあり、消費者が安全性を判断するのは無理なのではみたいな話もある。結局のところ、どこかでだれかを信頼する他ないのだと思う。(一方で生産者や監督省庁も、消費者の信頼を強化できるように適切な管理を行ってほしい。)