東京都の青少年健全育成条例では、都は指定した出版物について18禁指定することができると定められている。
都の青少年健全育成条例で定められた「不健全な図書類(不健全図書)」は、審議会の答申を経て指定されると、18歳未満の青少年への販売などが禁じられる。
指定された図書は「不健全図書」と呼ばれ、18歳未満への販売が禁じられる。ただし、これは発禁処分というわけではなく、成人への販売は禁止されない。つまり、おおざっぱに言えば、成人指定されていない書籍について、内容が露骨に性的なものなどについては都が成人指定できるという制度である。「不健全図書」に指定されても(条例の効果としては)18禁になるだけなので、成人コミック等、もとから18禁の書籍はそもそも審議の対象外であると思われる。そういう事情もあってか、実際に指定される書籍にはBLマンガが多い傾向もあったようだ。
昨年、不健全図書に指定された13冊は全てがBL漫画だった。都議の一部からは「同性愛への偏見が混じっているのでは」との声も上がる。
ボーイズラブは不健全図書か? 都から指定、ツイッターで「性犯罪者」と攻撃受ける 漫画家ら用語変更訴え:東京新聞 TOKYO Web
さて、先ほど不健全図書に指定されても「(条例の効果としては)18禁になるだけ」と書いた。なぜカッコ書きの注釈をつけたかというと、実際には18禁指定にとどまらない不利な取り扱いを受けているためである。すなわち、「不健全図書」に指定された作品は成人指定にとどまらず、実質的に流通しなくなってしまうという問題があるらしい。
「指定を受けた作品はAmazonでは取り扱われず、実質的な『発禁』となり、収入を断たれる漫画家が出ています」(森川さん)
ちなみに、Amazonは「不健全図書」指定されていない成人向け書籍は取り扱っている。(例えば快楽天コミックはAmazonで買える。)つまり、「不健全図書」指定されると、通常のアダルトコミック等よりも流通上不利になってしまうという状況のようだ。これは、行政による「不健全図書」という呼称が指定された書籍の印象を実態以上に悪化させてしまっているといって良いだろう。
そういうわけで、漫画家の森川ジョージさんなどが「不健全図書」の呼称を変更してほしいという要望書を提出している。そしてその要望を受けて、東京都が名称の変更を決定した
東京都は、いわゆる「不健全図書」の名称を変更する方針を固めた。不健全図書を巡っては、言葉のイメージによる弊害が大きいとして、日本漫画家協会の有志らが昨年、呼称変更を求める要望書を提出していた。
「不健全図書」東京都が名称変更へ 森川ジョージさん「東京は変わりました。全国に波及することを願います」 - ITmedia NEWS
これで晴れて「不健全図書」という不名誉な呼称が撤廃されることになる。なお、新名称は未定であるようだ。
一部報道では新名称を「8条の規定による図書」(8条図書)と紹介しているが、現状は「検討中」。つまり、名称を変更することは決まったものの、新名称や導入時期は決まっていない(9月2日時点)。
「不健全図書」東京都が名称変更へ 森川ジョージさん「東京は変わりました。全国に波及することを願います」 - ITmedia NEWS
「不健全図書」が「8条図書(仮称)」になったからといって何が違うのか、という見解もあるだろう。実際、呼称が変更されたからといって例えばAmazonが取り扱いを変えるかどうかはわからない。しかし、呼称の変更により「行政が不健全とみなした」という印象は和らぎ、条例の規定通り、通常の成人コミックと同様な取り扱いを受けられるようになっていくことが期待される。
ちなみに、森川さんらは今回の呼称変更に留まらず、さらなる展開も想定しているようだ。
森川さんは「今回の改称の要望はあくまで入口」だと位置付けて、条例改正も見据えて改善に向けて動く考えも持っている。
指定による不利益が生じることで、作家らを萎縮させていると森川さんは指摘する。
「表現の自由が損なわれている。それは問題だと思っています」
今回の一連の流れを受けて、「習慣の力」という本の一節を思い出したので、ここに引用しておく。アメリカのゲイの権利向上を目指す団体の取り組みに関する歴史で、団体がホモフォビアに対抗するキャンペーンを始めたときのエピソードである。団体の取り組みははじめのうちは失敗が続いていたが、団体の小さな方針転換により転機が訪れた。
その後1970年代になり、アメリカ図書館協会のゲイ解放対策委員会は、もっと控えめな目標に焦点を絞ることにした。米国議会図書館に、「ゲイ・レズビアン解放運動に関わる書籍」のカテゴリーをHQ71-471(異常性行為と性犯罪)から、侮蔑的な意味を含まないものに分類しなおすよう求めることだ。
1972年、分類の見直しを求められた議会図書館は変更を認め、新たにHQ76-5(ホモセクシュアリティ・レズビアニズム・ゲイ解放運動・同性愛擁護)というカテゴリーをつくった。これはささやかな変更にすぎなかったが、その影響力には目をみはるものがあった。この新しい方針のニュースは、全国へと広がった。ゲイの権利を向上させようとする組織はこの勝利を頼りに、資金集めを始めた。それから数年のうちに、ゲイを公言する政治家が、カリフォルニア、ニューヨーク、マサチューセッツ、オレゴンで立候補する。彼らの多くが議会図書館の決定に励まされたと語った。
著:チャールズ・デュヒッグ、訳:渡会圭子、『習慣の力[新版]』、早川書房(キンドル版なのでページ数を示せない。第4章の「小さな勝利」という節)
「図書分類カテゴリの変更」というささいな成功が、その後の運動の大きな成功の端緒になったのである。
今回の「不健全図書」の名称変更も、図書分類カテゴリの変更のようにより大きな運動のきっかけになるかもしれないな、と思ったので記録しておく。